「川勝」のうな重で腹を満たし、いよいよ「住吉大社」へ!
広いと覚悟してはいたけれど、実際に行ってみると福岡の「 住吉神社」よりも全然広かった…!

▲ほぼ同じ縮尺で表示した地図。上が「住吉神社」(福岡)、下が「住吉大社」(大阪)
西大鳥居(一の鳥居)

▲西大鳥居
「川勝」から「住吉大社駅」側まで戻ってきまして、 西大鳥居からお邪魔します。
鳥居のすぐ前の道(別に広くない) に路面電車が走っていました。
歴史ある神社の目の前を路面電車が通る、ってなんとなく風情があっていいですね。
道幅が狭いこともまた、知らないはずの体験していない“古き良きあの頃”を思い起こさせるのを手伝っているような。

▲住吉大社の前を走る路面電車
これはネット情報ですが、どうやら古墳時代まで遡ると「住吉大社」 の西側(すぐそばまで)は海だったらしいんですよ。
だから神社は西向きだし、 西にある大鳥居が一の鳥居というわけ。らしい。
ちなみに、福岡市の「住吉神社」 も同じような理由から敷地の西側に一の鳥居が立っています。
わお、偶然。

▲「遣唐使進発の地」の石碑。ここがかつて港だったことを今に伝える

▲左右に複数の石燈籠が並ぶ。どれもでっかい
ところで。
西大鳥居越しにさっきから見えていて気になっていたんですけど、 なんですかあの存在感のある橋は…。

▲参拝者をお出迎えする「反橋」
これは“渡るだけでお祓いになる”と信仰されている「反橋(
なるほど、反ってるからこんなに高さがあるのね。

▲「反橋」を守る狛犬たち

▲いざ渡る…
目の前にするとわかる、この橋のえげつない角度。
もはや“橋を渡る”というより、“階段を登る” という表現が正しい気がしてきます。
で、調べてみると最大傾斜は約48度だそうで。
そんな急角度やめてくださいよ、まったく、三角定規じゃないんですから〜…。

▲横から見る「反橋」
延喜式神名帳にも記載される住吉大社の代名詞とも言える反橋で太鼓橋とも呼ばれます。長さ約20m、高さ約3.6m、幅約5. 5mで、最大傾斜は約48度になります。現在の石造橋脚は、 慶長年間に淀君が豊臣秀頼の成長祈願の為に奉納したと伝えられて います。 【引用】摂州住吉反橋 文化遺産オンライン|https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/403828

▲「反橋」を渡った先の手水舎にはうさぎの姿が。神社の創建が「辛卯の年、卯月、卯日」であることから、ここではうさぎが神の使いとされているとのこと

▲楼門と住吉鳥居。この先に本宮がある
さて、前回の記事にも書きましたが、 この日は天気に恵まれすぎていて大晴天。
最高気温36度!
そんな日の真っ昼間に参拝にやってきたものだから、めちゃめちゃに暑くてすっかり体はヘバリーゼ。
楼門の上部からひんやり霧が散布されていましたが、自然光に熱された我が肉体はその程度の霧では涼を感じることができず…。
この時点で「完全参拝(※1)は諦めて、 お参りするのは本宮と大海神社に絞ろう」と決めていました。
※1:本殿からすべての末社、摂社までお参りすること。造語です。このことを表現する正しい言葉は別にある気はしている
4つの本宮
楼門の先には、「住吉大社」の4つの本宮が並んでいます。
各本宮でお祀りされている神様は以下の通り。
- 第一本宮:底筒男命(そこつつのおのみこと)
- 第二本宮:中筒男命(なかつつのおのみこと)
- 第三本宮:表筒男命(うわつつのおのみこと)
- 第四本宮:息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
この本宮の配置がかなり独特で(そもそも4つあることも珍しいですけど)、「
本宮の配置などについて、「住吉大社」の公式サイトには特に由来や理由は明記なし。

▲Googleマップで見ると船団っぽさはある
これら4つの本宮は、「住吉神社」(福岡市)の本殿と同じく「 住吉造(すみよしづくり)」という神社建築史上最古の建築様式で、すべて国宝に指定されています。
配置の関係で本宮を前後左右から見ることができるので、現地に行った際はぜひまじまじと観察してみてほしいです。
で。
本宮が4つもあると参拝の順番が気になりますが、「住吉大社」 の公式サイトによると第一本宮~ 第四本宮の参拝順に特にルールはないそうです。
ということで、混雑具合などを考慮して今回は「第一本宮→ 第四本宮→第三本宮→第二本宮」の順番で参拝。

▲第一本宮

▲第二本宮

▲(手前から)第三本宮、第四本宮
4つの本宮を参拝したあと、御朱印をいただきながら授与所へ。
住吉三神を3柱にわけて祀っていること、第三本宮(表筒男命)の隣に神功皇后を祀っていることの意味を考えながら、授与所前のテント下で小休憩。
「住吉神社」(福岡)では住吉五所大神の一柱として祀られている天照大神が、こちら「住吉大社」(大阪)には祀られていないのもどういうわけか。
「住吉神社」(福岡)は全国の住吉神社の始祖説があり、「住吉大社」(大阪)は全国の住吉神社の総本社と名乗っているのも興味深い。
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御朱印をいただいたあと、「行けるかな?」と思って境内奥の「千年楠」まで歩いてみましたが、やっぱりこの 暑さには勝てないなと、勝とうとすれば明日に響くなと思い、改めて完全参拝をあきらめて「大海神社」に向かいましたとさ…。
大海神社

▲本宮の北側に位置する「大海神社」。実はこちらも住吉造で重要文化財に指定されている
こちらにお祀りされているのは、豊玉彦命(とよたまひこのみこと) とその娘・豊玉姫命(とよたまひめのみこと)。
境内には底津少童命(そこつわだつみのみこと)、中津少童命( なかつわだつみのみこと)、表津少童命( うわつわだつみのみこと)を祀る「志賀神社」が鎮座しています。
本殿付近にある「玉の井」という井戸は、 山幸彦が海神から授かった潮満珠(しおみつたま) を沈めた場所なんだとか。
そういった伝承のある土地だからなのか、この場所から海は見えないけれどなんとなく「志賀海神社」 にいるような気分だったんですよねえ。
空気感というか、なんというか、不思議。
…あれ?
でもそういえば例の2つの玉はそれぞれ「満珠島・干珠島」( 山口県下関市)に納められているんじゃなかったっけ。
気になって調べてみると、なんと大阪府堺市「宿院頓宮(しゅくいんとんぐう)」 の境内にある飯匙堀(いいかいぼり)という場所にも、潮満珠( しおみつたま)と潮干珠(しおひるたま) が納められた場所という言い伝えが残っているそう。
また、宮崎県日南市「鵜戸神宮」 の神宝が潮満珠と潮涸珠で、 こちらはなんと一般公開されたこともあると(実物が見れたの!?とPCの前で驚愕)。
真実…とは……。
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はい。
ここで時間的にも、体力的にもタイムアップ。
そうです、そろそろ戻らないと友人らとの合流時間に大幅に遅れてしまう可能性があったのです。
「さっきうなぎを食べていなかったら危なかった…」などと本気で思いながら「 住吉大社」をあとにし、再び南海電鉄を利用してなんば方面へ。

次がいつになるかはわからないけど、絶対にまた来て、次こそは完全参拝しよう。
そのためにも、今度はもう少し涼しい季節を選ぼう。
もちろんそのときもまた「川勝」のうなぎとセットで…。

▲「住吉大社」(大阪市住吉区)の御朱印
(つづきます)
1989年7月生まれ。のらエッセイスト